西原龍哉 の パレスチナ スタディー・ツアー
| パレスチナ 〜その4〜 |
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緊張状態のエルサレムの奥に見えるのが「分離壁」であります。壁と言えば、冷戦時代東西ドイツ分断の象徴といわれたベルリンの壁を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、それを上回る大きさで建設されているのがイスラエルとパレスチナの間に建設されている「分離壁」です。高さは約8m、壁の上には高圧電流が通れ、所々に監視塔があります。これが、イスラエル・パレスチナ問題を象徴しております。
この分離壁は、イスラエルがテロを防ぐためという目的で、学校の敷地内であろうが、一般道路であろうがお構いなく、パレスチナの日常の生活を分断する形で建設されています。これは、1992年にオスロ合意で決められたグリーンライン(境界線)をえぐりパレスチナの土地を収奪する形でつくられています。この分離壁やイスラエル専用道路に囲まれて、陸の孤島となったパレスチナ人の村があります。今までの学校への5分の道のりが、壁の建設により1時間以上もかかるようになったという話も聞きました。囲まれた時の出入り口ゲートはイスラエル兵により管理され、1日に何回しか開かれません。産気づいた女性を乗せた救急車がそのゲートを通してもらえずに、救急車の中で出産し「出生地○○チェックポイント」という子どもが増えているのです。
また、イスラエルとパレスチナ自治区の境界にも検問所が設けられています。私たち一行が検問所を通る時は、上の写真(撮影した瞬間に怒られました)にある鉄格子をくぐり、パスポートのチェックを1人1人受けます。 エルサレムに入る直前の検問所でのことです。 お昼間近で空腹の私たち一行。この検問所を通れば、エルサレムまであと5分のところでした。しかし検問所の許可が下りずに、遠回りをしてエルサレムに入ることになりました。みんな空腹のため、移動のバスの中がイライラした空気に包まれます。こんな小さなことでもイライラしてしまうくらいです。パレスチナの人たちの生活の不便さは如何ばかりでしょう。
この分離壁はまだまだ造成中です。最終的には700キロ超にも及ぶ予定だそうです。1キロ約2億円と聞きましたから、総工費約140億円超です。
この分離壁によって、この写真のおばあさんの土地が奪われたといいます。そして、生活の糧にしていたオリーブ畑が壊滅状態にされたそうです。 |
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【 巡回医療 】 そういう状況のため、パレスチナの人々の生活は困窮していきます。村の中には病院もないところもあります。そんな中、パレスチナにあるNGO団体・パレスチナ医療救援協会は1979年より病院に行くことができない人々のための巡回診療を続けています。その活動をご案内いただきました。
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この分離壁は、イスラエルがテロを防ぐためという目的で建設されています。しかし、それが問題解決につながっているのではなく、自爆テロという最悪の負の連鎖を生んでいます。自分の国を守るためという口実のもと、その壁の向こうではパレスチナの人たちが難民となり、貧困な生活を強いられているのです。壁によって臭い物には蓋をしろとパレスチナの人たちを自分たちの目から見えないようにしているだけでは、ますます問題が深くなるばかりです。分離壁によって、土地だけなく、人々の心までが分断されていくようで、悲痛な思いがしました。土地を奪われたおばあさんの「どうしようもないんです」とうなだれた姿が忘れられません。 詳しくは、stop the wall!! ホームページ http://www.stopthewall.jp/ |
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